ANCHOR DISTILLING COMPANYについて

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クラフト・ビールのパイオニア「アンカー」のスピリッツ部門

アンカー・ディスティリング・カンパニー(ADC)はサンフランシスコにあるアンカー・ブルワーズ&ディスティラーズのスピリッツ部門です。
アンカーの前身となる醸造所は1871年にサンフランシスコ近郊に設立されましたが、1906年の壊滅的なサンフランシスコ地震、1920年の禁酒法など時代の波に洗われてきました。大きな転機となったのは1965年にアンカーを買収したフリッツ・メイタグ(Fritz Maytag)が始めた「クラフト・ビール革命」で、これは今日全米で大きな流れとなっている”small”, “independent” and “traditional or innovative”と規定される「クラフトビール・ムーブメント」の源流となりました。 1977年には現在のポトレロ・ヒル(Potrero Hill)に本拠地を移しました。

クラフト・ビールにおける技術革新の経験をスピリッツでも生かせないかと考えたフリッツ・メイタグは1993年にアンカー・ディスティリング・カンパニーを設立しました。彼によると、「70年代に作られていたようなライ・ウイスキーを作ってみたかった。ライ・ウイスキーはバーボン・ウイスキーに取って代わられ当時は誰も目を向けなくなっていた。でも、ポピュラーでなかったことに魅かれた。なぜなら我々のクラフト・ビール革命の原点も意図的にポピュラーでない事をすることだったからね。」 当時のアメリカではポットスティルで蒸溜されたウイスキーは法的に認められていなかったものの、社内に少人数のチームを結成してかってのアメリカン・ライ・ウイスキーやスコットランドのシングルモルト・ウイスキーの製造方法をもとに想像力を働かせながら試行錯誤を繰り返し遂にライ・ウイスキーの復活を実現しました。 現在蒸溜主任を務めるブルース・ジョセフは、「私達はひたすら古い文献を読み漁りました。チームの全員が経験豊かであったし、誰もが当時のアメリカン・ウイスキーの枠を超えたいと思っていた」と振り返ります。
革新的でユニークなクラフト・スピリッツの開発は続きました。 1990年代には「禁酒法以来米国初のクラフト・ジン」Junipero(ジュニペロ)、「熟成前のウイスキーにジュニパーを中心としたボタニカルを漬込んで蒸溜しただけ」のGenevieve(ジェネビーブ)が発売されました。 さらに2000年に入ってからも「ホップのウォッカ」Hophead(ホップヘッド)、「手作りのスモールバッチ・ストレートバーボン」Hirsch(ヒルシュ)と続きます。 フリッツ・メイタグにより築かれた先進性は今日でもアンカー・ディスティリング・カンパニーのなかで生き続け、ポトレロ・ヒル蒸溜所の小さな銅製ポットスティルから生まれるブランドはアメリカのスピリッツとカクテル・シーンに変化を与え続けています。

http://www.anchordistilling.com/